tomorrow is another day

人生の負け組WOGのヒキヲタで気まぐれな雑記。

御屋形様を訪ねて。

ヤヴェえ澤瀉屋かっけえwww

どうも、最近全然ブログ更新して無くてサーセン、WOGです。

一応低空飛行ながらも(詳しく言うと素性がバレるので書きませんがwww)ちゃんと生きてますよ。

ところで世間では赤い服着て白の羽毛を裾に着けた人が飛び回っている時期ですが、「そんなもん関係ねえ!」とWOGが今回行って来たのは

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四條・南座ですよ!

今までも色んな演目や役者さんが南座の舞台に上がっていますが(今年のGW辺りは海老蔵が来てました)、御屋形様を未だに愛してやまないWOGが選んだのは勿論、

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澤瀉屋さんです!!!!(おもだかや、と読みます)

亀治郎の時代に主役・山本勘助の仕える武田信玄公を見事に演じ切った『風林火山』を見て「所作がめっさ綺麗な人やな~」と思ってて「一度絶対生でこの人の歌舞伎を見たい!南座で!」と決めていたので、亀治郎改メ市川猿之助さんが来るまで南座は「横を通り過ぎるだけで我慢!」でした。

それがどうでしょう、時代は流れて、猿之助の従兄に当たる(先代猿之助の息子でもある)香川照之さんが「市川中車」、その息子の政明くんが「市川團子」として澤瀉屋さんに加わる、と聞いたので「コレは行くしかないでしょ!」とわざわざクリスマスイブの夜というタイミングでチケット買って行ってきました。

実は当方、半沢直樹は見ていないのですが、香川さんがいい感じの悪役っぷりだったらしいというのは聞いていたので「コレが歌舞伎の世界に入るとどうなるんだろう」というワクワク感もありました。

上の写真のスクリーンでは猿翁、猿之助、中車となっていますが、猿翁さんが体調不良のため、襲名口上を紹介されたのは、人間国宝・坂田藤十郎さん。上方歌舞伎の大御所の堂々たる口上に、客席からも屋号の「山城屋!」という掛け声が飛びました。

因みに写真が前後しますが、南座の正門入り口(四条通り側)には、京都南座の年末恒例の勘亭流での「まねき書き」が掲げられていました(^^)
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そして、名前を見ても判る通り、上方と江戸の東西歌舞伎の名家が集まっての合同大歌舞伎です。演目はざざっとこんな感じ。
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歌舞伎を見る人に注意ですが、「大歌舞伎」と名が付いている場合はものすごく長時間になります。今回の「當る午歳 吉例顔見世興行」もなんと休憩時間入れて5時間超(笑)。弁当も幕間に食べるというえらく忙しい作業になりますので食の遅い人(WOGですwww)は注意して下さい。

演目は

第一 元禄忠臣蔵
所謂「仮名手本忠臣蔵」とは違い、浅野内匠頭も大石内蔵助も全く出てきません。吉良上野介もほんのちょっと(多分3秒ぐらいww)出てくるだけです(その代わり新井白石が出てきます)。一番の見せ所は中村梅玉さん演じる徳川綱豊(後の将軍家宣)と市川中車さん演じる赤穂浪士・富森助右衛門の丁々発止の台詞の掛け合いです。武士とは、義の心とは何か、綱豊と助右衛門それぞれの立場からの心情が吐露されます。こうした緊迫した掛け合い芝居を得意とする香川さんのお披露目には絶好の演目ではなかったでしょうか。

第二 口上
口上のみなので最も短いものです。しかし山城屋さんに紹介してもらうっていうのは中車さんは勿論、猿之助と言えど、すごい緊張したんじゃないでしょうか(苦笑)。

第三 黒塚
この演目は「澤瀉屋のお家芸」と謂われているものです。(黒塚について
能や夢枕獏の伝奇小説でも有名な話ですが、この和歌が謡われるのを聞いて何故か懐かしく思いました。

陸奥(みちのく)の安達が原の黒塚に鬼籠もれりと言ふはまことか

『拾遺和歌集』の平兼盛の和歌です。黒塚の場所は一応福島県二本松市、ということになっていますが、その他にも鬼婆伝説、黒塚伝説については岩手県盛岡市、青森県などにもあるそうです。
「寝屋を決して見てはいけません」という老婆(市川猿之助)の言い付けが気になってついつい見てしまう太郎吾(市川猿弥)。そして「見ぃ~たぁ~なぁ~」と鬼婆の姿となる老婆。何となくヴィジュアル的に「狐憑きかな?」と思いました。絶命シーンの猿弥さんの床への倒れっぷりが見事でした。そして鬼婆を法力で調伏しようとする大和坊(市川門之助)、讃岐坊(市川右近)、阿闍梨祐慶(中村梅玉)が数珠をこすり合わせ、鬼婆が苦しむ場面では「澤瀉屋!」「高砂屋!」「瀧之屋!」とあちこちから掛け声が飛んできました。猿之助の、歌舞伎ならではの長裾捌きが本当に見事で鬼婆ながら、その苦しみや狂い様に、一人の女であった頃の哀しい前世を想わせる「もののあはれ」が伝わってきました。

第四 道行雪故郷
近松の「冥途の飛脚」からの一節です。(冥途の飛脚について
商都・大阪から雪降る故郷の大和・新口村(現在の奈良県橿原市)に辿りついた二人の駆落ち人、遊びで身持ちを崩した大店の亀屋忠兵衛(中村翫雀、成駒屋)と忠兵衛の愛人・傾城梅川(坂田藤十郎・山城屋)の二人だけの芝居。日本舞踊に造詣が深い藤十郎さんの傾城の仕草が何とも言えず妖艶でした。元々忠兵衛は新口村の農家から大阪の店に養子に出された身の上で、梅川との恋で店を傾けてしまい(まあ、だから「傾城」と言われる訳ですがw)、逃げ付いた先の新口村でも「養家に申し訳が立たない」とけんもほろろに謝絶され、二人とも泣き崩れる、という感じのあらすじです。
二人だけの芝居の為、息の合った踊りや所作が求められるものですが、「藤十郎さんあんたホントに81歳ですかwww」とこっちがびっくりしてしまう位優雅な舞でした。
見どころの二人が号泣する場面では「成駒屋!」「山城屋!」と盛んに掛け声と拍手が鳴りやみませんでした。

第五 児雷也
こちらは一転して昭和以降、何度も特撮や映画の題材となった作品です(NARUTOとかにも出てきますよw)(児雷也について)。ガマの油でガマに変身したり、変身シーンでは煙幕が遣われたり、ライトによる特殊効果が施されていたり、所謂「スーパー歌舞伎」に近い演目で、見てて楽しかったです。
ここで当方が「びびび美人過ぎるううううう!!!!」と思わず望遠鏡でガン見してしまったのは市川笑也さん。遠目だとホントに細腰の美女に見えるんですよ!声も物凄く可愛らしい。実は当方が笑也さんの名前を知ったのはアニメ『雲のように 風のように』(原作は『後宮小説』)でした。時代の波に儚くもがく「ラストエンペラー」なキャラクター・コリューンの声を当てておられたんですが、ホントに声が高めで「地声はこんなんなのかな」と思いました(勿論本業の歌舞伎の女形ではめっちゃ声が高く響いてます)。

・・・とまあ、久しぶりに鬼のようにブログを書いた気がしますが、能に比べて言葉が判りやすいですし、私個人としても落語が割と好きなので台詞回しもそんなに気になりませんでした。

ただ、「落語を聞いたことが無い」「能も見たことが無い」というホントにビギナーな方には午前の部の「義経千本桜」の方が見ごたえがあるかと思いますよ。(猿之助が宙づりでめちゃくちゃ上を飛びますので)

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コレが開演前の南座。京都の四条河原町という場所柄、どうしてもチケット単価が高いです。普通に正面で見られる席とか25000円取りますし(涙)。なので、ビギナーの方はもうちょっと安い演舞場に行った方が良いような気がします。

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南座が有名なのは何と言っても「歌舞伎発祥の地」だからなのです。出雲阿国が阿国歌舞伎を始めたのが南座なのですよ。

まあ、そんなこんなで昨日は四条まで下ったついでに建仁寺なんかにも行ってきましたが、ちょい自分のキャパオーバーで書ききれません(苦笑)。建仁寺は来年が開祖の遠諱なので一般公開期間がめちゃくちゃ短いのでご注意くださいませ。

謙信公祭に行ってきました&近況報告。

まずは近況報告から行きます(ので謙信公祭を見たいという方はスクロールして飛ばして下さい)。

5年前、私が京都に来た時から一緒に生を共にしてくれた洛さんが4月中旬に逝去しました。享年5歳半。
元々3月頃から元気が無く、開口呼吸などしていたので「多分病気だろうな~でも今私も大変だから病院行けないしな~(動物病院は割と多く見かけるかと思いますが、殆どが犬猫専門で、鳥に詳しい獣医さんがいる病院が少し遠かったという事情もあります)」と日に日に食欲が落ちていく洛さんを見ていたのですが、4月14日になってとうとう止まり木から落下。

洛さんを手に抱き、必死に暖めてあげなが何とか日曜日も診療していて、かつ鳥が診られる獣医さんを探しているうちに、手の中で最後に大きく蹴伸びをしながら天国に行ってしまいました。

万に一つの望みを託して、見つかった動物病院まで急いだのですが、「ああ、亡くなってはりますねぇ」と遺骸用の化粧箱を出してから死因の詳しい診断をして頂けました。

死因は左胸内部の腫瘍、人間で言えばガンです。確かに言われてみれば少し前から左胸が出っ張っているなぁとは思っていたのですが、内部に出来た腫瘍のため、手術は不可能であり、早期に発見できていたとしても投薬による延命治療しか方法が無かったようです。

うちの文鳥たちで死んでしまった子達は実家の庭に葬るのが慣例になっているので、直ぐに洛さんの遺骸を持って実家に帰省しました。洛さんの埋葬に関しては母と父が手伝ってくれました。感謝。

で、京都に戻ったのですが、やっぱり家に帰って「おかえり~」と迎えてくれる存在が居ない、という寂しさが身に沁みて、文鳥ネットワークを通じて里親を募集している子を探し、明石からお迎えすることになりました。

昨年12月生まれで、シルバーとシナモンから生まれたノーマルといういかにも文鳥らしいハイブリッドな男の子です。前回は何も考えずに洛と付けて実は自分が住んでいる地域はギリギリ洛外だということが判ったので、今度はお迎えした時期が葵祭りに近いということで「葵ちゃん」です。
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この葵ちゃん、割と我が道を行っていた洛さんとは全然違う超甘えん坊さんで、洛さんと同じように半放し飼いにしていたら来て2日目に朝っぱらに私のベッドまで飛んできて鼻の穴にくちばしを突っ込むという暴挙(笑)をかましてくれたため、放鳥時間を決めて放鳥している間は目を離さない、という方針で育てています。

しかし当方、7月~8月にかけて昨年のリベンジでフィリーの文書館に長期に行く計画を立ててしまっていた後に葵ちゃんが来たので、その間は実家に葵ちゃんを預けていたのですが、実家にいるカイちゃん(♂)よりもガキのくせに体がでかいのでカイちゃんをメスと間違えて求愛ダンスを踊ってましたwww葵ちゃん、色々違うそれはwww

写真は昨日撮った葵ちゃんです。実家の親が何だかんだ言って世話を焼いてくれるので預けた頃はまだ雛毛がちょっと残ってたのが今ではピカピカの大人羽です。


さて謙信公祭について。

実は日本から帰って来て3日目にパレード開催という鬼のようなスケジュールだったので「今年はいいか~」と思ってましたが、御屋形様の御出陣が最後らしいとの噂が中の人ファンから回って来たので「行くしかねえのか!」と泣きながら特急しなのの予約をしました。

京都からだとしらさぎで日本海沿岸経由というルートもあったのですが、特急らしからぬ横揺れとノロノロ運転で酔いかけてしまったので今回は長野までしなのに乗り、そこから鈍行で上越入りをしました。しなのは電車によっては大阪から出ているものもあるので、それを京都で捕まえて長野まで行ったのですが、非常に快適で、行き帰りとも爆睡してましたwww

本来でしたら林泉寺や上杉神社にも行きたかったのですが、何せ帰国直後という鬼スケジュールでしたので、御屋形様のパレードと合戦のみ観覧で予定を立てました。

3年前に行った時には父親を連れての慰安旅行も兼ねていたので色々な場所もめぐれたのですが、今年は御屋形様に集中!ということで。

嬉しい事にmixiの御屋形様コミュで「誰か一緒に場所取り待ちしましょう!」と呼びかけましたら数人からレスポンスがありましたので、手分けして行列組と合戦組に分かれて場所取りが出来ました。何だかんだ言われていますが、ガクちゃんというよりは御屋形様のファンな当方にとっては専用コミュがあるmixiは貴重な存在です。

朝、始発で行ったのに既にベスポジは他の人に確保されていました(涙)。
多分車で来た人でしょうねぇ。それでも最高のクライマックスである御屋形様の刀を持ちながらの春日山壁書読誦はばっちり見える位置を確保(^^)
mixiその他で知り合った方々と一緒に色々話しながらパレードを待っていました。
その時までは晴れてて暑かったので当方は日避け帽子、フード付きタオルガウン、冷えピタなどを駆使して日焼け防止に専念。

しかし午後2時頃から一気に曇り始めたかと思ったらざーざー降りの大雨。目の前の道に川が出来てました。日避けの用意はしてきたのですが雨避けはしていなかったので「ちょwwwおまwwwこの降り方容赦ねえwww」と半笑い半泣き状態。
カメラ出してなくて正解でした。(当方の持参したカメラとレンズで新車が買えます)
で、通り雨だと判っていたので「もう大丈夫かな?」と思った頃に慌ててカメラを組み立てたので考え無しにいつもの通りのセットで組み立ててしまいましたwww

(WOG的「いつものセット」内訳)
(ここから10行ばかりカメヲタ以外呪文ですので飛ばして下さって結構ですw)
(1)EOS20D+SIGMA 2.0xテレコン+SIGMA 70-200mm f/2.8
(2)EOS1D+SIGMA 300mm f/2.8

距離的には近かったのでより連写機能が優れたEOS1Dにテレコンニーニッパ付けた方が良かったなーと後にして後悔。

そしてパレードの時刻には雨が上がるという、相変わらずの第六天魔王ぶり。
しかしそれでもかなり曇っていて光量が足りないのでシャッタースピードは1/1250ぐらいでちょいオーバー気味にしてISOを1600にしました。
(太陽が燦々と輝いている時は1/8000で問題なく撮れます)

最初に武田方の武将の方々のパレード。カメラ目線で色々とお茶目なポーズを決めて下さったのでナイスパフォーマンス!とにこにこしながらシャッターを切ってました(^^)
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(EOS20D+SIGMA 2.0テレコン+SIGMA 70mm f/2.8、シャッタースピードは1/1250、ISOは1600で撮影)

影武者の格好をした典厩信繁公の後に、信玄公が馬に乗って登場!
甲冑が煌びやかで素敵でした。

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(カメラデータは上と同じですが、レンズは100mm位に伸ばしていたかも知れません)

上杉方は私がいた方とは逆方向から各武将が登場。
直江兼続公もおちゃめなパフォーマンスを披露していて沿道のお客さんに自然と笑みがこぼれていました。

そして、いよいよ我らが御屋形様の登場です。
キャー!という悲鳴が聞こえたので御屋形様だ!とカメラを構えたら何とお召物が黒の狩衣www
しかも御屋形様=白馬の殿 という等式が出来ているので白馬。
ピンが全部馬に合うじゃねえかコラwwww
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(EOS20D+SIGMA 2.0xテレコン+SIGMA 200mm f/2.8、シャッタースピード1/1250若干アンダー気味、ISO1600)
(一眼レフカメラはオートフォーカスにしていると明るい物の方にピントが合ってしまうのです。しかし、この天気と状況でマニュアルで撮るだけの余裕はありませんでした。だって御屋形様やたらと動かれるから置きピンが
出来ないんですもん・号泣)

というわけで一枚目は「かっこいいけどコレほどカメヲタ泣かせの服装はないぞおいwww」と思いっきりピンが外れたものを。

言っときますがWOGは自宅にカメラ保管庫があってニューヨークのマディソンスクエアガーデンのメディア席でバスケットボールのゲームの写真撮ってた人間なのでちゃんとマトモなものも撮れてますよ。
3年前の良い写真を製本したものを場所取りして下さった方々に差し上げたのですが「普通に写真集って言って3000円ぐらいで書店に売られていても全く疑問持たないレベル」との太鼓判を押してもらいました。

ただ、余り良いモノばかりアップすると変なガクちゃんファンが寄って来てしまうので不特定多数の人が閲覧できるブログでは敢えて「外したもの」をアップすることにしているのです。
私はガクちゃんのライブにも行ったことありますし、眠狂四郎や義経伝などの舞台も見ていますが、見る度に「あーやっぱ私はガクちゃんのファンでなくて御屋形様のファンなんだ」と痛感してますので。

そして出陣行列のクライマックス、春日山交差点での春日山壁書を正宗(違w)を持ちながらの詠唱。
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(カメラデータはすぐ上のものと同じ。やはり露光は少しアンダー気味)

主にFF7ファンから「正宗」と呼ばれている大河ドラマでも使用した長い刀(長過ぎて収められる鞘がないそうですww)を持っている御屋形様を撮るのが今回の目標だったので狩衣姿とは言えそのお姿を撮る事が出来て嬉しいです(^^)

因みに当方はわたわたしながら諸々の用意をしていたので、でこに冷えピタを貼ったまま目の前の御屋形様を見る(or御屋形様に見られる?)というダメな人になってました(^^;)

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(EOS 20D+SIGMA2.0xテレコン+SIGMA 70mm f/2.8、シャッタースピード1/1250で若干オーバー気味、ISO1600)

昼の出陣行列は狩衣だったものの、夜の合戦では流石に甲冑をお召しになられていました。ただ、近くではあっても人の出入りが激しい場所になってしまったために写真は初めから諦めていました。

2011年の御屋形様の出陣は、当方の仕事(というより雑務)が忙しくて行けなかったリベンジを果たした形になりましたが、2011年もやっぱり直前に大雨が降って行列の時間に上がるという状況だったようですね。
雨がなかなか止んでくれないので割と本部も中止になるかも的な会話をしていたのが耳に入って来ていたので(割と本部の近くにいました)直前に上がるとかどんだけ第六天魔王なんだあんたwwwと笑えました。

ガクちゃん本人も色々な活動をしているので本当に最後かもしれません。
それはそれで残念ですが、私の中での御屋形様は永遠に不滅です。

それでは葵ちゃんが淋し啼きをしているのでケージから出してあげないといけないのでこの辺で。

謙信公祭に行ってきました

ブログでは滅茶苦茶ご無沙汰しております、WOGです(^^;) 洛さんも元気で只今ディスプレイの上に乗って「構え」と自己主張しておりますw

ここ京都に来てからの生活は

4月~7月 半死どころか九分九厘死
8月~9月 リハビリ期間
10月~1月 九分九厘どころか九割九分死
2月 リハビリ期間
3月 March Madnessで昼夜逆転生活

という様式美をなぞっているような気がしてきましたorz


よってこのブログもリハビリ期間に気が向いた時にしか更新できなくなっております。ご了承下さい。

そこに来て今回は「今度の謙信公祭に御屋形様がご出陣なされる」という情報をゲットしたために「なぬいいいいいい!」といきり立って洛さんを実家に預けてこっそり御屋形様の御真影を拝みに行こうと思っていた訳です。

で、実家の親には「新潟に温泉に入ってくる」と尤もらしい言い訳をして洛さんの面倒を見てもらおうと思っていたところ、今年古稀を迎えた親父が「俺も行く」と言い出し、家族サービスになってしまいました。

因みにママンとは9月にフランスに行ってきます。本来であれば家族サービスなんてしてる暇あったら仕事しろよ状態で切羽詰ってはいるんですが、今まで両親には散々迷惑を掛けてきた身なので、まだ二人とも何とか動ける内にこういうサービスはしておかないと、後々絶対に後悔することになると思いましたので。(お蔭でお盆休み中も働いてましたorz)

親父は結構歴史好きな人間で、上杉謙信も好きな歴史上の人物の一人。本人的には景勝も好きみたいなのですが、如何せん景勝について書かれた本が少ないんだそうです。そんな親父には「お祭があるんだから行くんだよ」とまたまたボヤかして騙くらかして上越でアッシー君になってもらいました(鬼)。

で、前日直江津の駅に着いてレンタカー借りてる時にレンタカー会社の人が「明日はGACKTさんが来るんですよ」というところでやっと「だから若い女の人が多いのか」と気付いたそうですw

前日は夕方着いたので春日山神社にお参りをしただけで帰って来ましたが、親父は春日山神社の石段に刻まれた文字に興味津々でした。親父曰く「名前だけでなくて寄贈段数まで刻まれているものは珍しい」んだとか。

で、当日、午前中に林泉寺の陣太鼓と春日山神社の武蹄式を一緒に見た後に、最近めっきり体力が衰えている親父は一旦ホテルに帰って昼寝、そして私は正午ちょっと前から最前列に並んでました。

当日の気温は「どんだけ人を殺す気や!」とツッコミ入れたくなるような灼熱地獄。しかも行列はアスファルトの上を通るので照り返しがハンパなかったです。日焼け止めガンガン塗って日傘差してUV腕カバー付けてと、殆ど重装備状態だったので日焼けはしませんでしたが、とにかく人が多くて、一番いい撮影スポットの所などは午前4時ぐらいからGACKTファンの方々が陣取るそうで。前回のブログにも書きましたが、自分は御屋形様は好きでもマナーを守れないDears(GACKTファン)というのがものすごく嫌いなので一番いいスポットには怖くて近寄れず、大人しく空いてたところにビニールシートを被せて時間を過ごしていました。

そして16時過ぎ。Returnerの曲に合わせて御屋形様がやっとご登場。
もう回りは「GACKTを探せ!」状態になっていた
ので結構警備の人(一般の警備会社の人に加えて陸自の人もいました)が「一番前の人は座って下さい!」「もっと後ろに下がって下さい!」と大変そうでした。

因みに自分のカメラスペックは

[メイン] EOS1D Mark II + SIGMA APO 300mm f/2.8 + SIGMA 2.0xテレコンバーター + Manfrotto 一脚

[サブ] EOS20D + SIGMA APO 70-200mm f/2.8

という、およそカタギの人間が持つものではない兵器
を振り回して使っておりましたが、何せ人ごみで後から確認したらとにかく笑える写真が多かったですw 例えば

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「お前はわざわざ上越までマレーボちゃんを撮りに来たのか」とツッコミが来そうなコレとか(でも馬写真としてはコレはかなり躍動感があるので自分は好きな写真です。んがっ、皆さんの興味はおおよそ上に乗ってる人ですよね・・・^^;)

(因みにマレーボちゃんは長野県茅野市にある「ホープロッヂ乗馬牧場」にいるクォーターホース[ポニーの一種的なもの]です。マレーボちゃんのスペックについてはこちら。)

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部分日食状態の御屋形様とか(因みに食になっているのは警備の方です。暑い中ご苦労様でした。)

あと、テレコンとサンニッパというコンボを使うのが初めてで、まだEOS1Dの癖に慣れ切れてないのでボケボケの御屋形様写真とか、とにかく変なのが多かったです(^^;)

あ、申し上げるのを忘れましたが、当方、御屋形様のためにサンニッパを買いました(爆)。上のスペック見れば判るのですが「どんだけお前はSIGMAが好きなんや」とツッコミ入れられそうな勢いでSIGMAの回し者とかしております(^^;)確かにキャノンの白レンズは憧れなんですけどね!キャノンのEFだと倍するんだよ!(号泣)

一応申し訳だけはしておきますが、ちゃんとフツーに「カタギでない人間が撮る写真」も撮れてますが、それだけの目当てにこのブログを訪ねられても困るので(^^;)敢えて変な写真を選んでみました。

で、御屋形様が再接近なさった後、「運は天にあり・・・」を言い始めた時は既に移動モードw 幾らf値が2.8だからと言って夜に光源も殆ど無くて人が多くて更に動きがあるような対象物に向かってカメラを向けるのは無理を通り越して無知だと充分承知してましたので、春日山駅の荷物預かり所でカメラを預けてから夜は川中島合戦再現場に移動。生で三太刀七太刀を見られました♪

次の日、林泉寺に行っておみくじを引いたら毘沙門天が出てきました。勿論、林泉寺でも春日山神社でも「御屋形様を見せてくれてありがとうございました」と手を合わせて来ましたよん。

帰りは親父の昔話をうんうん言いながら聞いてました。親父も温泉に浸かれて、林泉寺や春日山神社に行けて、「謙信公のかちどき飯」も食べることが出来て満足そうでした(^^)(今回は一番高いの選びました!WOGも大満足でした!)

・・・というわけで、ここまで読んでくださった皆様のために、最後は一応マトモに撮れてる部類(でもこれでもピンが抜けてます)の御屋形様写真を一つ。
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横幅1028ピクセルの壁紙仕様にしましたので壁紙にされたい方はこちら↓からどうぞ。
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年号を皇紀表記にしたのは別に自分は右翼でも何でもないんですが、西暦使うのもどうかと思いつつ、でも元号使うのも何か嫌だったという単純な理由からです。ウチの親父@古稀が皇紀2600年生まれだから簡単に計算しやすいというのもあるんですけどね(^^;)

それでは、また♪

戦国武将祭に行ってきました。

だいぶお久しぶりです。WOGです。

えーと・・・11月末のログまではこちらに残っているのですが、それ以降の近況を書いてませんでしたね。

11月末→風邪をひいてダウン。
12月中旬→また風邪をひいてダウン。
年末年始→実家に帰ったら鬼のように雪が積もってて、大みそか~正月にかけて行った温泉で膝の位置まで雪をズボズボとかき分けながら雪見温泉。
1月上旬→保温の用意を余りせずにお友達のお手伝いに行ったら自己内サーバダウンorz 再起動するもなかなか不具合が治らず、体中バグだらけ。
2月上旬~中旬→死ぬほど仕事が忙しかった。お陰でこれまでにない規模の津波的鬱が襲来。
3月上旬→いつも行ってるカイロの先生にまで「これは・・・鬱ですね」といわれる。既に心療内科からは1月下旬に「鬱のため休養の必要あり」との診断書を貰っていたが、仕事減らしてくれなかった・・・鬼かうちの職場は・・・涙

・・・というわけで、マジで今までに経験したことないぐらい重い鬱の症状が出ておりまして、一つの動作をするのに三倍ぐらい体力使うとかいうとんでもないアメ車のような燃費の悪さでした。

実際、今でも動作はそれほど機敏でもないですし、体力もやたらと消費して食事した量<<<カロリー消費量になってしまって、余りほめられた痩せ方はしていないです。

でも、いいんです。
今日、とても嬉しいことがありました。

WOG、やっとこさ・・・やっとこさ、実に3年越しの夢だった「生で御屋形様を拝むこと」ができました!しかも紅白の時と同じマイク&刀付きで!

と、いうわけでタイトルに戻りますが、コーエーさんのイベントだった『戦国武将祭』に行ってきました。

実は武将祭行くのも余りに鬱の症状が激しすぎてキャンセルしようかと考えたのですが、「うう・・・コレでもし億が一でもガクちゃんが御屋形様だったら絶対に後悔する!」と重い体を引きずりつつ、ぜーはー言いながら荷造りして首都圏来た甲斐がメチャクチャありました!

思い起こせば3年前、WOGの環境は心理的にも経済的にも環境的にも最悪でした。明らかに周りから浮いている自分の存在と周囲の人からの白々とした侮蔑のまなざしに耐え切れず、実家に引き篭もっていた時期でした。職を探そうにも(当時はまだ好景気だったにも関わらず)「何のビジネスに役立つ資格も持ってなくてその年齢では・・・」と契約社員の雇用ですら断られていました。

やっとこさ就職したとある中小企業でもやはり存在的に浮いていてお荷物扱い。

そんなかなり人生でもどん底の時期にWOGは御屋形様と出会いました。

当時はブラウン管のテレビ越しでしたが余りの素敵さに間髪入れずに↓の写真集を注文してしまったほどです。

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著者:撮影 野村誠一
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しかし、なかなか御屋形様ご本人にお会いできる機会に恵まれず、2回あった謙信公祭も逃してしまいました。

一応「中の人」であるガクちゃんのライブにも行ってはみたのですが、「やっぱり自分はガクちゃんのファンなのではなくて、御屋形様のファンなんだ」ということをひしひしと感じました。

そんな中で再び鬱の症状が出始め、家から出ることすらままならない日々が続くようになり・・・かなり、自分の中の負の思考回路がぐるぐる回って歯止めが利かなくなっていました。

そこに、今回の御屋形様降臨。色々な巡り合わせもあるでしょうが、WOGにとっては御屋形様は世紀末救世主伝説的な存在かもしれません。この分だとWOGが罷り間違って危篤状態になっても御屋形様が目の前に参上して下されば蘇生するかもしれませんw

因みに御屋形様、明日も「演武」なさる予定ですが、明日は行きません。つうか諸々の事情があって昨日の夜から首都圏にいるので明日行ったら確実に家に帰れなくなって洛さんが飢え死に&淋しがり死にしてしまいそうなので(苦笑)。

京都に住むようになってから、あんまし「上京」という言葉を使わなくなりました。職場の同僚の間でも「じゃあ東京行ってきます」「首都圏行ってきます」というのが通例になってます。だって「京」は「京都」なので。

ですが、通常の日本語だと「上京」は「東京に行く」ということを指すので、WOGは「京都に戻る」と言う時は「上洛」と言ってます。そしたら「信長かあんたはw」と言われました。あーそうですよ自分は信長が命名した「岐阜」っていう所出身ですよ東京よりも無駄に歴史ありますよ古墳いっぱいありますよ関ヶ原の戦いは子守唄代わりで中学の遠足で松尾山登らされましたよそれで何か?w

あんまり文章ばかりでも駄目だと思うので今日戦国武将祭でとったでっかい(小学4年生ぐらいの背丈はあった)せんとくんぬいぐるみを添付。

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武将祭が始まる前に各企業・自治体のブースを回ってたらこんなせんとくんに会いました。戦国時代と平城京って下手したら1000年ぐらい時系列の差があるんですがその辺は売れりゃいいのか?(^^;)

(まぁその辺はゲーム会社ですし、『時代考証なんか気にしちゃダメだぜベイベー♪』と言うのは『戦国BASARA』から充分承知はしているのですがね^^;)

それにしても「せんとくん」発表当時は「キモイ」だの「冒涜的」だのと言われ各団体が「まんとくん」だの「なーむくん」だのを次々発表しましたが、結局遷都1300年の今現在奈良直通で京都を走ってる地下鉄で見かけるのはせんとくんのイラストだけです。一番バッシングされたキャラが生き残るっていう世の中も捨てたもんじゃないと思います。

それでは明日は昼過ぎに首都圏から脱出して洛さんのところに帰ります。最近洛さんは甘え子になってしまって比較的暖かくなった今でもやたらベタベタしてくるので今腕の上に洛さんが乗っていないのはとても寂しいことですので。今の洛さんはこんな感じです。(ピンボケですみません・・・)

raku091228



春日山の中心でディヴァインバスターを叫ぶ。

 WOGの御屋形様紀行@上越編は今回で最終回です。・・・ってーかもう2週間も前のことなんですが、仕事が忙しかったりNFLが始まったりしていてなかなかアップすることができませんでしたサーセン!

 さて、春日山神社を参拝し終わったWOGですが、観光客も少なかったこともあって、予定していた時間よりもかなり早く春日山神社を後にしました。
 そしてそこにあった看板。
「春日山城址はこちらから」


 おっしゃ!不肖WOG、ここまで来たからには御屋形様のおられたお城に登ってみようではないか!

 ・・・と不覚にも思ってしまい、そのまま山登りを決行。

WOG(RPG風記述)
てんこう:小雨交じりの曇天
もちもの:カメラ、大きめの傘
そうび:サンダル<ぉぃwwww


 前回も書きましたが、金毘羅さんから転げ落ちたことがあるWOG、その時も似たような装備でしたので、今度は慎重に山登り。でもサンダルで山登りはやっぱ無謀だった気がする(苦笑)。途中からホントに遊歩道っぽくなってしまい、しかも地面が濡れてるのでサンダルに泥が絡まってしまい、帰りに春日山神社のところのトイレ脇の水道で泥を落とさせてもらいました。

 もとい、今尚山城として遺されている春日山城址、春日山神社の売店では謙信公当時の春日山城の城郭の様子や、誰がどこに住んでいたなどが記された地図が売ってましたが、今はただただ、「分け入っても分け入っても深い山」です。まぁそれがまた「兵どもが夢の跡」的で風情があってよいのですが。

 さて、サンダルでヒーハー言いながら山登りをしていったら、まず休憩所がお出迎え。
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「毘」(これで刀八毘沙門と読むそうです)と懸かり乱れ龍の看板がお出迎えしてくれました。こういうのを見ると「ニホンジンデヨカッタナー」とほっこりした気分になります。

 そしてしばらくまた登り続けると、そこには毘沙門堂が!
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 鐘を鳴らしてお参りしたときに思わず口をついて「オンベイシラマンダヤセンチキヤソワカ(×∞)」と唱えかけてしまいました(^^;)<いや、別に「臨病闘者皆陣烈在前 ボロン」でもいいんですがwww

 頭の中にマントラを充満させつつ、さらに上を目指します。因みに前を登ってた人のケータイがいきなり鳴って、その人が登りながら結構重要な商談めいたことを話してたんですが、山の中だけにいきなりぷっつり切れたようで「一番重要なところが聞けなかったんですよ~!今山登り中で!」と喋っていたのが笑えました。まあ逆に言えば山でもつながるドコモはある意味偉大なんですが。

 そしてついに頂上、本丸址に。
1567acca.jpg

 ここに御屋形様がおられたのね・・・感動。
 残念ながら人がいて流石にできなかったので(人がいなければホントに叫んでるところだったwww)、ここで一発叫ばせていただきます!
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ディヴァイ~~~~~~~~~~ン

07ccb89d.jpg

バスターーーーーーーーーーーー!!!!

(上越市崩壊)


 ディヴァインバスターが何モノかは多分大きいお友達の中でも特殊なヒトしかわからないかもしれませんが、とりあえずコレはWOG、最初見たときに腹抱えて笑いました。(ニコ動にもありますがアカウント持ってない方のためにYoutubeにリンクさせてます。画質落ちますがつべの方がつながりやすいし)

 更に北の方に目を向けると直江津方面の日本海が望めます。
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 海があって山があって米どころ。うーん、いいなぁ上越。(まぁ冬は雪が鬼のように降るわけですが^^;)

 で、帰りは直江公の住居跡の方面から足元を用心しながら降りました。(でないとまた金毘羅さんの二の舞になってしまうので^^;)

 帰りには上越物産センターに寄ってから直江津駅へ。

結論:人がいない時の観光ほど楽なものはない。

 タバコアレルギーで人ごみが苦手なWOGなので上越はとても好印象でした。機会があったらまた行きたいです♪(つーか謙信公祭でまた御屋形様来れば今度こそは万難を排して行きたいと思っております)  
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